慶喜の深い悲しみ
雨戸を締め切った部屋
隙間から一筋の光が差し込む
そのなかにあのお方がいる。
姿勢を正し座っている。
どのくらいここにこうしているのだろうか。
隠居謹慎蟄居の処分を受けたあの日から幾日がすぎさっていったのだろうか。
その姿は悟りを開いたかのように穏やかだ。
手入れのされていない髭も
乱れた髪さえも
すべてが高貴、気品がある。
ただその瞳だけは別。
「つよポンの目の芝居はすごいんだよ。カメラで寄りたくなる」
山本英夫カメラマンの言葉そのままに
その奥を覗き込みたくなる、
それほど、幾重にも重なった深い深い瞳の色。
外との連絡を断ち自分と向き合い続ける慶喜のもとに
徳信院のお言葉が..
「水戸のお父上が亡くなられたそうです。」
ピクッ瞼が震える。
慶喜の声なき心の叫び声。
気持ちの生理がつかないんだろう。
...........20秒ほどシーンと息詰まる時間が流れ
唇がわなわなする。
動揺する気持ちを落ち着かせるためか。
大きく息をすい、そして、やっとの思いで絞り出す。
「そうか、謹慎と言うのは親の見舞いどころか死に顔も見られんのか」
目に涙が滲む。たまる。
「そうか」
わずか3文字。
その一言に込められた慶喜の万感の思いに
わたしはどうしようもなくやるせない気持ちでいっぱいになった。
肩をふるわせ、むせびなく声。鼻水が垂れる
「わたしはわたしはなんという親不孝ものだ。」
鼻をすする。
こらえきれずに声をあげて泣き出す。
「父上父上」
その声のあまりの物悲しさに胸が押し潰されそうだ。
背中がおおきく縦に揺れてる...
「父上父上。」
その斉昭は
倒れる寸前
「まだ出てこんのかのぉ。あの強情息子は」
と名月を見上げながら
最愛の一人息子の身を安じてた。
その父が見上げた名月の光は
慶喜の住まいにも届いていた。
同じ月の光を浴びながら
微動だにせず座ってた。
その慶喜が
父の突然の訃報に接し、泣き崩れてる。
哀しく切なく痛い。
悔いて悔いて己を責めて
気持ちの持っていき場を失くして
暗闇のなかで苦しみもがいてる。
沈黙で語り
目で語り
背中で語り
静のなかの圧倒的な存在感。
悲しみにうちひしがれる徳川慶喜を演じてるなら
ここまで私の胸を突き刺しはしないだろう。
そこに座って泣き崩れているのは
最愛の父上を
亡くしたひとりの息子だ。
慶喜の心の痛手が
どうしようもない絶望感が
ひしひしと伝わって私の胸に突き刺さる。
無駄な動きはしない。
無駄な言葉もない
感情の動きを無駄をそぎおとして
その存在だけで伝えてくる。
テクニックじゃないんだよ。
その人として生きてる。
そういえば、剛くんも
「泣くシーンはもともと好きじゃない。嫌い。泣こう泣こうとする自分がいて、泣こうと思って泣くこと自体がダメなんじゃないのか。」
って言ってた。
泣きの演技じゃないんだよね。
番組のインタビューで
「慶喜にとって父斉昭は、一番大きな存在といっても過言ではない。すごく慕っていて大好きで慶喜自身の人生も父の影響をすごく受けてる。
そんな父を亡くして
一生後悔してるというか、すごい悲しみにうちひしがれてるシーン。
視聴者の方に伝わる悲しみがあればなと思った気持ちで演じました。」
と剛くんが話してくれたけど
慶喜の悲しみを私しかと受け取ったからね。
ほんとに魅せてくれるよ、草彅剛
吉沢亮さんの言葉がふと脳裏を過った。
「草彅さんの
台詞を言ってない表情というか重みというか、たぶん草彅さん自身が持っているオーラみたいなのもがほんとにすごくてみつめらるとぞくぞくする」