母と娘
高校時代からの親友は3人の女の子のお母さんです。
私なんかとは違い、芸能界には興味も関心もなく、日々読みきかせで各小学校を周り、コーラス同好会で部長を務め、地域をこよなく愛す、そんな人です。
草彅剛を愛でるあなたの情熱が眩しいよ。
でも、生き生きしてる姿を見てると元気がでるの。
そんな人です。
そして、「うちは仲良し4姉妹よ」
といつも穏やかに笑ってました。
優しいご主人と理解あるご両親と心豊かな生活を営んで
ほんとに理想の家族でした。
そんな彼女からこの夏に1通のメールが。
「次女が自ら命を絶った。
そばにずっといたのに何もしてやれなかった。
私が全部悪い
母親失格人間失格」
自分を責めて責めて責めてました。
私、かける言葉がみつかりませんでした。
へたな慰めがなんになるんだろ。
逆に痛みを増すだけじゃないのか。
そんな思いのなかで
「そんなに自分を責めちゃだめよ。
大好きなお母さんが自分のことで苦しんでるなんて、それはあまりに悲しすぎるよ。」
そんなことしか言えなかった
そんなときに
ミッドナイトスワンが公開になったんです。
生きづらい世の中で足掻きもがきながらも
必死に生きてる人たちの姿が
親友の娘さんと重なりました。
“どうして私だけ”
咽び泣く凪沙が親友の娘さんと重なりました。
“どうしてうちらだけこんなひどい目にあわないといけないのよ”
瑞貴の叫びが彼女の叫びに聞こえます。
大空高く羽ばたいたりんちゃんと彼女が重なりました。
剛くんが
大ヒット御礼の舞台挨拶でこう言ったでしょ。
年齢問わず(心に)訴えかけるものがある映画で、生きていくうえで大事な気持ちを、凪沙と一果を通して感じてもらえる気がしています。生きていくのは自由だよ、偏見や差別みたいなものがなくなればいいなという気持ちが込められていると感じていますし、そういったことを考えるきっかけになる作品になれたら、創った身としてはとてもうれしいです。
この言葉⚪⚪ちゃん聞こえてますか
NHKの、「おはよう、日本」という番組のインタビューでも
剛くんは、
もっとより自由に個人が生きていいんだよ。
と答えてる。
そして、
許せない自分というのもあるんですよね。なんであのとき、ああいうふうにやっちゃったかな、なんであんなふうに言っちゃったのかなとか、心に残っていることって、ありますよね。それを許したらいけないんじゃないかとか、みんなもあると思うんだけど、でも、それもひっくるめて今じゃんみたいな。
幸せは自分の心のなかにあって、人に決められるものでもない、至ってシンプルなことですよね。でも人間って、複雑なんですかね。他人の意見は気になるし、周りのことが気になるし、自分って、どう思われているのかなとか、それは僕もすごく気になります。
男、女とかでもないし、人なんだよ、1つの個として輝く人は素敵じゃないか。
私は彼女が何を悩み苦しみ何に絶望し何故明日を拒絶したのか
何一つ知らない。
だからこそ、ミッドナイトスワンをみて欲しかった。
この映画があとひと月早く公開して
彼女がこの映画を観てたら
きっと、何かが違ってたと思うのよ。
お母さんの自分への愛を思い出して
もうちょっとだけ頑張ってみようかな、て
思ってくれたんじゃないかな。
自分をもう少し受け入れてみよう。
もうちょっとだけ認めてみよう。
私は私
こんな私だけど、それでいいんだよね。
剛くんの言う"エピソード0"になって
新しい何かがきっと始まったのに。
すべて後付けだけどそう信じて疑わない。
彼女のお母さんから連絡が来ました。
映画観たよ。
涙が止め止めもなく流れて仕方なかった。
きっと
私の "よしよし"が足らなかったのね。
だけど、何故だか救われた自分もいるの。
私なりに娘を愛したよ。
守ってきたよ。
そんな私は、こうして今娘によって生かされてる。
大事にするね。
ありがとう。
#ミッドナイトスワン