ジャニー喜多川さま
ジャニーズ事務所社長である
ジャニー喜多川さんが亡くなられた。
2019年7月9日午後4時47分、享年87歳
剛くんの人生に欠かすことの出来ない方がまたひとり、お空に旅立っていかれました。
ジャニーさんがいなければ
SMAP草彅剛が誕生したかどうかわからない。
それ以前に芸能界に入ったかどうかもわからない。
芸能界入りしなければ、私は草彅剛さんというお方と運命的出会いをすることもなく、彼に恋をすることもなく
色褪せた日々を過ごしてることになる。
それって実につまらない人生じゃないの。
ということは
ジャニー喜多川さんと言う方は
私の人生をも変えた人になる。
人が亡くなる.....
大杉漣さん、2018年2月21日午前3時53分急性心不全で亡くなった。66歳。
漣さんのあまりにとつぜんの訃報には
呆然とした。
嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ.........
その言葉が木霊した。
そして、剛くんのことを思った。
ぷっすまでのふたりの姿が脳裏を過る。
剛くんの出演作には必ず漣さんがいた。
その蜜月はずっと続くものだと当たり前のようにおもってた。
それがこんな形で終わりを告げることになるとは想像もしてなかった。
早すぎるよ、漣さん。
まだ逝かないでよ、漣さん。
剛くんを残して一人で旅立たないでよ、漣さん。
剛くんを助けてよ。
まだ遊び足りないよ。
ギターだってまだまだ未熟なんだよ。
教えてほしいこといっぱいあるんだよ。
恨み言が続く。
だって、漣さんがいつもそばにいてくれてると安心するんだもん。
心強いんだもん。
漣さんがいないと寂しいんだよ。
私でさえも大きな穴が空いたんだから
剛くんのショックは計り知れないよね。
人間、あまりに強い心の痛手を負うと
思考を止めるんだろうか。
剛くんは公には一言も言葉を発しなかった。
4月14日
草彅剛主演舞台バリータークの、プレビュー公演の日。
神奈川芸術劇場で17時に幕が上がる、その日に
大杉漣さんのお別れ会が開かれた。
剛くんの参加は無理だと思ってた。
ところがその場に剛くんの姿があった。舞台開幕前の大事な時間。心にも余裕がないであろうその日その時。
それでもお別れ会の場所にかけつけた。
そして弔辞を読んだ。
どうしても漣さんに会いたかったんだね。
直接お話をしたかったんだね。
ここではじめて、剛くんは思いの丈を吐き出した。
あらかじめ用意された原稿ではなく、
漣さんに自分の思いをまっすぐにぶつけてた。
「漣さん、お元気ですか。まさかこういうふうに漣さんに話をするなんて、ほんとに思ってなかったです。何言っていいか、分からないじゃないですか。
漣さんがいなくなって、もう2か月ですね。そっちの生活はどうですか。
多分漣さんのことだから、もう、すぐ、みんなと仲良くしてるんでしょうね。
残された僕らは、そのまま時が止まって……整理がつかず、ほんとに困ったもんですよ。どうしたらいいか分からないしさ。
ほんとにたくさんの顔を持っている漣さんだから、どの顔がほんとの顔なのか、ねえ、聞こうと思っていたし、でも、もういなくて。ずるいですよ、ほんとに。なんか、何度も何度も、悔やんで悔やんで……どうして漣さん、早すぎるよ。
何度も何度も問いかけるけどさ、最後はあの低い声で、笑って……漣さんの笑顔が残るだけなんだよね。ほんとにずるいよ。
……人の命ははかないですね。なんか漣さんみたいな、ほんとに優しくていい人をこんなにすぐ天国に連れてっちゃうなんてさ、神さまってほんとにいるのかよ、漣さん。(そう)思ってるよ。ねえ……だけど残された僕らはちゃんと前を向いて、しっかり生きていかなきゃいけないということも漣さんに教わったし。
あの大きな背中がそういうふうに、僕に教えてくれたよ、漣さん。分かってるけどね。なんか、時には自暴自棄になったりとかした時もあるよ。
突然すぎるから。……ほんとにたくさんのことを教えてくれたよ、漣さんは。
漣さんが言うとおりに、人は必ず死ぬよ。死んでしまうよ。だけど作品に対する思いとか、気持ちっていうのが、残るんですよね。ほんとにその通りだよ。
もっと僕らも、しばらく頑張らなくてはいけない。そして、いつかね、それぞれの心にいる新しい漣さんに会える日がくるんですよね。
そしたらまた、みんなで楽しいことしましょうよ。僕はやっぱり、また漣さんとお芝居したいです。ドラマとか、映画とか、舞台とか、やりましょうよ。
そしてまた漣さんが連れてってくれた海にさ、ギター持ってさ、一緒に好きな歌うたいましょうよ。
それまでしばらく待ってて下さい。大杉漣さん、心からご冥福をお祈りします。
漣さんのことだから、安らかには眠らないと思いますけれども、そっちでしばらく楽しんで待ってて下さい。
必ずみんな、そばに行きますから。それじゃあ、またね」
人は必ず死ぬ。
わかってはいるけど、それに向き合うのは辛すぎる。
ジャニーさんの生涯最高作品がSMAPであるなら、
剛くんあなたの中にも
ジャニーさんのエンタメに対する思いはあることになるよ。
だから悲しんでばかりもいられないね。
心の整理少しは出来ましたか?
きちんとお別れを言うことも出来ずに
このままさようならなんて、したくないですよね。
せめて一目でいいから、ジャニーさんとお話でる時間を持てますように。
ジャニー喜多川さま、
まだ石ころだった剛くんをみつけてくださってありがとうございます。
磨けばダイヤモンドになる原石だと
ジャニーさんには直感でわかったんですね。
その人を見る目の凄さで
SMAPが生まれ
多くの人々を魅了し
たくさんの感動を貰いました。
おじいちゃんになってもSMAPだとおもってたのに、5人は職業SMAPではなくなった。
「命にかけても…解散させない。SMAPは、わが子と同じですから。彼らは僕に相談なしで、解散な絶対ないです。彼らが僕を信じている以上に、僕も彼らを信じていますから」
と言ってくれましたよね。でも、結局は守ってくれなかったじゃない。
「SMAPは頭文字をとると『すばらしい・メモリー・ありがとう・パワー』。解散は悲しいけれども、メンバーがそれぞれの世界を作り上げていく期待はものすごくあります。『SMAPありがとう』という気持ちです。僕は永遠に、後押し、バックアップ、応援していくつもりです」
「3人とも成長したなと思っているし、巣立っていくのはうれしい。前途には希望しか見えない。僕もできる限り応援します。独立しても関係が変わることはありません」
と、言ってくれましたよね。
でも、地上波からは消されましたよ。
忖度ってなんですか?
不信感しかなかった。
だけど、
そうだった、
SMAPも草彅剛も
ジャニー喜多川さんなくしては存在してない。
それだけは忘れてはいけない。
ひとつだけ
ジャニーさんにお願いがあります。
いまだから話せることもあると思うのです。
だからジャニーさんにまっすぐに向き合う時間を少しでいいんです、
草彅剛に
稲垣吾郎に
香取慎吾に
時間をください。
最後のお別れをきちんとさせてください。
7月9日を旅立ちの日に選んでくださったことも
ジャニーさんなりの深い愛情からだと思うようにします。
ほんとに
長い間お疲れ様でした。どうか安らかにお眠りください。