yumipon0524’s diary

草彅剛さんが大好きです。剛くんメインのひとり言日記です。

つかさんと剛くん

7月10日はつかさんのご命日でした。
草彅剛の誕生日の次の日に亡くなられた。こんな奇跡がありますか?
『剛よ、また新たな1年がはじまるぞ。悔いのないよう、大地に足を踏ん張れ。
俺はお前の中にいて、いつだってその生きざまをしっかりと見て感じてる。俺もお前と生きてるんだよ』
私には そんな二人の絆が見えてくるの。

蒲田行進曲

俺の想像を超えてた。あの子を待つためにこの20年近く、芝居をしなかったんだろうと思わせる。衝撃的だったね

穏やかな笑顔の奥に哀しみが隠れ、静かなたたずまいの身中には秘やかにケモノが眠る。ひとたび台詞を発すればケモノは目覚め暴れだし、彼の内部は鋭い牙に切り裂かれる。その痛みを、絶望的な孤独を、まっすぐ見下ろし受け入れる勇気を持つ


天才だよ、草彅君は。僕は1度も演技に注文をつけていない

天才だと思いましたよねぇ
あのなんですか、非常に頭のいい子でしてね。
でも喜怒哀楽の表わし方が わからなかったんですね

好きに演ってくれ 責任は取るということでと言ったら
吸い取り紙にこう、水がスッと吸い上げられるような感じで、[手を真上へ挙げ]こんなふうに伸びていきましたんでね
こういうふうには(手を斜めに)ならないもんですね、天才とは。
(手を一気に真上に挙げ)こう上がって行くもんなんですね


優しい目してても笑っていませんし、心底笑っていませんし、怒った時がまた怖いですしね。
何よりも 腹に魔物を持ってるといいますか、化け物を腹の中に持ってるんで。
(魔物というのは)抑圧された怒りですかね
あの子の中の存在自体の怒りみたいのがあるんでしょうね

僕は高倉健さんになってほしいと思ってんですけどね
あいつこそ高倉健になる人じゃないかと思ってて


オレたちの前には草彅剛のヤスが山のように立ちはだかっている。勝てるわけがないのは承知だ。


ふと、
残酷なまでに無垢な天才・草彅剛の優しさのことを思った。
友よ。
元気でいるか。
友よ。
泣いていないか…



ライ麦畑でつかまえて』の主人公・ホールデンを演じる能力を持つ役者が日本に一人だけいる、それは草彅剛である。

つかさんが剛くんのために作った台詞
「人が愛することの意味を、人が生きることの意味を、いつも考えていたいと思うんだ。」


ああいうのがいると周りが弾きとばされるじゃないですか。男が必死になったときの仕事っていうのには誰も勝てない。草彅腹の中には魔物がいるんだろうと思っていて、その魔物を育てて、いつ爆発させようか、じっとしているんだろうというのはわかっていたんですけど。コンプレックスではなく俺じゃない俺がいるってこと。あいつが一瞬かいま見せる冷たい目、そういうのがいい。
『 つかこうへい 追悼総特集 涙と笑いの演出家』より


『もう一度草彅くんとやりたいな』



【剛くんのつかさん話】
つかこうへいさんという方と出会って。
演技っていうものが僕の中にリアルにすごく形が
自分の中でキチンとつかめるものになっていった
喜怒哀楽の下手な部分っていうのを、つかさんがなんか
稽古を1日2日やっただけで、僕を見抜いてくれて
人間関係に関してのコンプレックスとか、自分のコンプレックスなんかを、
うまくセリフに出して。そのヤスという役に、『蒲田行進曲』の、重ねて。
心の扉が、一気に開いて、舞台に立てたんですよね。
蒲田行進曲』という舞台をきっかけに
僕の心の何かを開いたと思います。

つかさんが教えてくれたんですけど、“お前はそのままでいいんだよ”とよく言ってくれて、「蒲田行進曲」のお仕事をした時に、“いいんだ。お前はそのまま舞台に出て行って…。失敗したら俺が責任とるから好きにやれ”とおっしゃってくれてたんですよ。
僕はその自然体のままがいいみたいで、考えてお芝居するよりも…。
つかさんのそれを思い出すと、普段もあまり考えないで、そのまま生活して生きていればいいんじゃないか、と思うんですよね。
ラジオ深夜便2011年5月8・9日韓国文化と出会って変化した10年より)



「僕が、つかさんの遺志を受け継いでいきたい (お気軽大好き!より)



 つかさん。去年なくなられてしまって,ものすごく残念で,悲しいんですけど,つかこうへいさんとの出会いは,僕の人生において欠かせないことで。演じるって言うことを僕に与えてくださった人なんですよね。"剛,お前は,演じるってことはお前の人生なんだぞ"って言う風に教えてくださった人で。全てにおいて。亡くなられたんですけど,生きていらっしゃる時も,こんな人この世にいるかって言うぐらいの人で,いろんな意味で突き抜けている人ですよね。阿部寛さんもおっしゃられてたんですけど,自分のお芝居の限界みたいなものを,簡単に越えさせてくれるんですよね。それが,毎日、毎日、泣いたり笑ったり,そういうような感情面みたいなものを、どこかで止めてる自分がいたりするのを、バーンと取り払ってくれて。なんか,自分で限界だなと思ってたことが、簡単に超えていけるんですよ,毎日毎日。だからそれがすごく,今でも息づいていて,僕の中で。口立てとかしてくれるんですけど。なんか、僕自身の本質とかを瞬時につかさんは見抜く力があって。超能力みたいなところあるんですよ。大げさなこと言うと。だから、会ったときに、それまで僕が生きてきたこととかつかさんと会ってないときの僕とかを、つかさんも分かってるような気がして。だから、元々ある台本じゃなくて、僕の心の中にあるセリフみたいなものを、ドンドン引き出してくれて。台本はどんどん変わってっちゃって。違うストーリーになるんですけど。それもつかさんがうまく『蒲田行進曲』と言う題材と僕の中の,心にある僕自身のストーリーときちんと結び付けてくれて。なんか一つ一つのセリフがホントに僕の芯の奥から出てくる言葉としてセリフにしてくれるんですよね。だからそこにものすごく真実味が生まれたりとかして。自分でも思ってることを思ってるんだけど、なかなか言葉にできないことを、言葉に表してくれたりとかするので。台詞と自分の感情が,密接に、こう、ものすごくかかわってくるので。どんなシーンでも、どんな舞台でも、どんなドラマでも、僕、いっつもつかさんがここら辺(頭)にいて、お芝居してるっていうか。形はかえども、あるんですよ。
つかさんと一緒に仕事をしていたスタッフ談(かなり年上の自分にも感じたことを素直に言ってきて,こびる感じがない。率直なところが良い。もう一度草彅くんとやりたいと言っていた)
ありがたい言葉です、ほんとに。ほんとによくしていただいて。スタッフの方までに大鼓判を押してくれるんですよ。"剛はいいんだ"って、皆に言ってくれて。すごくほめてくださって。そこまでがつかさんの演出って言うか。そこまでみんなに"いいんだ,いいんだ"って言って。だから、ほんとに皆さんつかさんと仕事された方、おっしゃるんですけど。新しい翼みたいなものをもらって、つかさんのおかげで羽ばたけるっていうか。つかさんがいない今も、自分で力強く歩いていかないといけないなと思ってます
スタジオパークからこんにちはより)


剛のことを語るつかさんの言葉を思い出す限り並べてみた。剛くんのつかさんへの思いも。その一言一言に深い愛があるよね。剛くんのこと、本人以上に理解してる。草彅剛という一人の男の奥底に眠るものを目覚させたのは、間違いなくつかこうへいさん。覚醒させたにもかかわらず、その後二度と同じ舞台に立つことなく他界されてしまった。つかさん、ずるいよ。こんな魔物を世に送り出して私をこんなに夢中にさせといてあとはご自由に、と、一人先に逝っちゃった。
ほんとは剛くんとまたやりたかったんですよね。結局その思いも叶わず、、どんなに心残りか。でもね、つかさんは、剛くんのなかで生きてます。いつだって、つかさんの言葉が彼には聞こえてるんですよ。
不思議ですよね。まだまだ青臭い若い頃、しかも『蒲田行進曲』だけ、な関係なのに、その短い時間が今の草彅剛をうみだしてるんですから。どれだけ濃密な時を過ごしたんでしょう。濃い濃い二人の絆はこれからも繋り続けるんだろうな。声にならない声で二人の会話は続いていく。だって、草彅剛のなかにつか魂が息づいてるんだもん。剛くんの1部として、共に生きてるんだもの。
剛くん、これからも自然体のままでいてくださいね。変に考えないで、小細工なんかしないで、あなたはあなた、その時思ったこと、感じたこと、それをそのまま素直に。そのままが一番いい。



PS
吾郎さんが、確か蒲田観劇の話をストスマでしてたなーと思い出し、あれこれさがして見つけました。よかったらどうぞ。


僕あの、この間、草彅剛の「蒲田行進曲」観に行きましたよ、つかこうへい演出。ねぇ。先生が直々演出なされた「蒲田行進曲」錦織さん、銀ちゃん。草彅剛、ヤス。やぁ、結構ね、感動しましたよ。やっぱりねぇ、僕はつかさんの芝居やってるからねぇ、わかるのね。あの喉がひき千切れそうなのがね(笑)うん。観に行った人はきっとわかったと思うんだけど、剛くん声ボロボロだったもんねぇ、結構きつそうだった。でも、あいつさぁ、喉つぶしに入ってない?結構喉使ってしゃべるよね。
でもねぇ、つかさんのねぇ、芝居っていうのはね、結構ね、腹からきれいに声出してちゃいけないというかね、やっぱ喉をがならないとね、結構いけないっていうかね。うん、あるんですよ、結構そういう独特な世界が。結構、人の限界というかね、やっぱそういう・・追い詰められた時にどういう声が出るかとか、ねぇ、そういった結構極限的な芝居だったりするんでねぇ。つかさんの芝居っていうのは、うん。
でも、そういった意味で僕がやっていた「広島に原爆を落とす日」っていうのは、もちろんいのうえひでのりさんの演出だったわけで。つかさんの、原作を、そのお借りしてやったということで、基本的にはやっぱり完全な「つかテイスト」ではなかったと思うんですね。それが「蒲田行進曲」を観に行った時に思いましたね。「あ、やっぱりこれがつかさんの芝居なんだな」っていうかね、やっぱこれがほんとにど真ん中ストライクのつかこうへいの芝居なんだなっていうねぇ、うん。セットもなんにもないし、うん。「広島に原爆に落とす日」が、ね、セット何もなくて、衣装もなくてできるかっつったら、やっぱできないしね。そういった意味では、テイストが違ったよね、「広島」と「蒲田」っていうのは。「蒲田」の方がやっぱつかさんっぽい、いかにも、うん。
そんで、僕観に行ったのは、ちょうど香取慎吾と一緒だったんですよ、うん。2人で席隣同士で観てたんですけどね(笑)そこに観に来てたお客さん、おかしいですよね。SMAP3人いたわけですからね。SMAP半分以上、そこの会場にいたわけですからね、劇場に。
まぁ、でもなんか、僕がやった時も思ったんですけど、結構、今ちゃんとしてますよね、お客さん、うん。なんかやっぱり、ほら、昔だったらさ、結構そういうメンバーとか観に行ってたりとかしたら、結構騒いじゃってね、芝居になんなかったりとかしましたけど、今やっぱお客さんも。ま、みんなもちろん大人だし、うん。しっかりとちゃんとこう芝居の方に集中してて、うん。いいお客さんだなぁって思いますけど、う~ん。僕がなんか、ねぇ、普通の人で。ねぇ、なんかこう、タレントさんとか観に来てんのとか見ちゃったら、俺だったら絶対騒いじゃうもんなぁ、きっと(笑)、う~ん。
でもほんとよかったねぇ。やっぱなんかみんな泣いてるしね、お客さんとかねぇ、うん。わかるんだよね、あの後半になってくると。鼻すするからね、みんな。慎吾もねぇ、もう大泣きしたっつってましたし。隣で泣いてました、香取くんは、うん。 そのくらいすごいいい芝居で、まぁ、剛くんにとってねぇ、絶対こう、1つのプラスになってるというかね、うん。宝になってるんじゃないかなっていう、自分の財産になってるんじゃないかなぁ。また今後の草彅剛くんの活動にもね、いろいろ芝居っていう意味でなんかこういろいろ影響与えるんじゃないかなって僕は思うんですけれども。
(STOP THE SMAP1999.4.5放送 吾郎さんお当番です)